最終回・SENTOMビルダー豊島氏にインタビューしました

さて今回はSENTOMのビルダーである豊島氏のインタビューの最終回「「文化としてカヤック・ヨットを根付かせたい」をお届けいたします。

葉山シーカヤッククラブにてインストラクション中の豊島氏

 

では、ここからインタビュー記事をご紹介いたします。

 

Q:長持ちする船は丈夫というだけでなく、もうひとつの側面があるとのことですが?

 

豊島:私は100年持つように船を作っているのですが、目指すところは自分の乗っていた船を子どもたちが引き継ぎ、さらに孫の代まで継承されていくことが理想なんです。

 

Q:単なる道具でなく世代を超えて受け継がれていくものということですね。

 

豊島:日本ではまだカヤック、ヨットなどの海遊びが文化として根付いてないように感じています。ひとつの船が親から子へ、そして孫へ引き継がれていけば、海遊びも文化として育っていくと考えています。

 

Q:葉山セーリングカレッジ・シーカヤッククラブには年に何度かカヤック、ヨットのインストラクターとして訪問されていますが、今後も継続される予定でしょうか?

 

豊島:はい、ゴールデンウィーク、夏場の繁忙期には毎年来ています。不定期ですがその他の時期にもインストラクターとしてくる予定です。 海遊びを出来るだけ多くの方に知ってもらいたいので啓蒙活動の一環として今後も続けて行きますよ。

 

Q:カヤック、ヨットを始められたばかりの方に教えるということは船作りにも影響ありますか?

 

豊島:はい、非常に勉強になっています。始めたばかりの方はこんなことで悩んだり、こういった動作を難しく感じたりするということが具体的な船作りに役立っています。船を作っているだけではこういったことは見えてこなかったかもしれません。

 

いかがでしたでしょうか、豊島氏の船作りに対する理念、海遊びを文化として広めて行きたいという思いが伝われば幸いです。

SENTOMのカヤックにご興味のある方はホームページにて紹介しております。

また葉山シークラブでは試乗艇もあります、時期によっては豊島氏のレッスンを受講する機会があるかもしれません。

ぜひお出かけください。お待ちしております。

第二回目・SENTOMビルダー豊島氏にインタビューしました

さて、前回に引き続きSENTOMのビルダーである豊島氏のインタビューをお届けいたします。

第2回目は「長持ちする船を作りたい」という豊島氏の基本理念についてお話を伺いました。

SENTOM日和に乗艇中の豊島氏

 

 

では、ここからインタビュー記事をご紹介いたします。

 

Q:カヤックを製造するにあたって一番気をつけていることはどんなことでしょう?

 

豊島:長持ちする船を作るということが一番基本となっています。

たくさんのカヤック製造メーカーがある中で、10~15年でボロボロになってしまうような船もあります。

私が目指しているのは100年持つことを前提に作った船なんです。

ですから10年後の時点でも安心して乗っていただける船に仕上がっています。

 

Q:具体的に長持ちさせるためにはどのように作られていますか?

 

豊島:カヤックだけでなく、船というものは軽ければいいというものではありません。

十分な厚みを持たせなくてはいけない部分や、将来的に交換がきかない部分はしっかり作ることが大事です。

ですから、いたずらに軽量化はしないように気をつけています。

また、細かいことになりますが材料の取り扱い、保存方法など一つ一つの行程で基本をしっかり守り手を抜かない作業を積み重ねていくようにしています。こういった作業工程の積み重ねが仕上がりに大きな影響を及ぼします。

例えばグラスファイバー繊維は素手で絶対に触らない(手の脂がついてしまうため)といったことをきっちりと守っています。

 

Q:船の素材についてお聞かせいただけますか?

 

豊島:使用されている繊維は複合材(カーボン、ケブラー、グラスファイバーの組合せ)といって、その進化は目を見張るものがあります。日々が勉強といっていいでしょう。

これは繊維だけでなく樹脂もそうです。 我々プレジャーボートの業界より釣具、自転車、飛行機といった分野のほうがマーケットが大きいため研究が進んでいます。

素材メーカーから資料を取り寄せたり、コミュニケーションを密にしながら最新の複合繊維、樹脂についての知識を吸収していっています。

複合素材繊維、それを固める樹脂にも様々な種類、グレード、特性がありますのでそれらを熟知した上で適材適所に配置、そして丁寧に仕上げていくことがいい船を作る基本条件になってきます。

 

いかがでしたでしょうか、第2回目のインタビュー記事はこれまでとなります。 次回は最終回となります豊島氏が目指す「「文化としてカヤック・ヨットを根付かせたい」をお楽しみに。

第一回目・SENTOMビルダー豊島氏にインタビューしました

SENTOMのビルダーである豊島氏は葉山セーリングカレッジ、シーカヤッククラブとの結びつきも強く、毎年繁忙期にはヨット、インストラクターとして葉山に滞在しております。

現在、葉山に滞在中の豊島氏にインストラクター業務の合間、インタビューを行い豊島氏のカヤックビルダーとしての心意気を大いに語っていただきました。

今回のブログも含めて以下3回のシリーズでインタビュー記事をお届けしたいと思います。

第1回「豊島氏のボートビルダー歴」

第2回「長持ちする船を作りたい」

第3回「文化としてカヤック・ヨットを根付かせたい」

 

豊島氏のボートビルダーとしての歩みはSENTOMのホームページにも記載されております。こちらのページもぜひご訪問ください。

では、ここからインタビュー記事をご紹介いたします。

 

Q:いつ頃から船の製造にかかわっているんですか?

豊島:16歳で最初の造船所に入り、主にFRPを加工するボートの製造に関わってました。国内メーカーのヤマハ、ヤンマー、日産のセーリングクルーザー、モーターボート、漁船、和船、20mくらいの観光船も下請けで製造してましたね。

また、始めた当初は木造船の修理もやっていてドラゴン級ヨットやA級ディンギーもたくさん修理しました。いわゆる木造船をいじった最後の世代になるかもしれません。

Q:今までにどれくらいの船を製造されましたか?

豊島:かれこれ1,000艇は作ってますね。1990年に当時の日本も参戦していたアメリカズカップ艇の製造でニュージーランドのマーティマリンに配属されました。ここではヨットの製造技術の多くを学ぶことが出来ました。当時、日本はニュージーランドに比べるとヨットの製造技術が10年は遅れていると感じていました。この技術的な差は現在ではさらに広がっているように感じます。ヨット、カヤックなどのプレジャーボートは日本では需要が低いために技術力が追いついていないと感じています。これはすごく細かい技術、手順などの積み重ねなのですが、ひとつひとつの製造工程を積み重ねていきますと船の最終的な強度や品質に大きな差が出てしまいます。

Q:カヤックの製造はいつから始めましたか?

豊島:強力造船所からゴーリキブランドのカヤックを製造したのが、かれこれ25年前くらいでしょうか。現在でもゴーリキのカヤックが現役で使われていることをお客様から感謝されます。こういう長く使える船を作ることが私の理想です。

その他、パドルコースト、ノースショア(ライセンス生産)、ショアラインなどのカヤックを設計、製作してきました。

さて、第1回目のインタビュー記事はこれまでとなります。次回、豊島氏が目指す「長持ちする船を作りたい」をお楽しみに。

長持ちする船はどのようにして作られるのかをお届けしたいと思います。